義父を見送る前後のお話(通夜・告別式当日編)

前回は、義父が旅立って病院から自宅へ搬送してもらった件や、私の住む地域の独特な葬儀の常識などについて少しお話ししました。

今回は、実際のお通夜や告別式の準備の実例として、我が家の場合どんな感じだったか、その記録を残すつもりでお話ししようと思います。

群馬県の一般的な葬儀の準備や当日の流れ

前回お話ししたように、病院や施設などで家族が亡くなった場合、一旦、自宅に搬送してもらい、そこでお線香を上げられるように葬儀社の方が準備してくれます。

その間に親戚など連絡すべき人に電話をしたり、隣組の班長さんに連絡したりします。

我が家の場合、午前3時半ごろに亡くなって、自宅へ到着したのが7時前ぐらいだったかと思いますが、あんまり朝早いと悪いので、隣組の班長さんには8時過ぎぐらいに連絡したでしょうか。

主要な親戚というか、いつもよくしてくれて頼りになる親戚がいるので、その人には深夜で申し訳なかったけど病院にいる時に先に連絡しました。

親戚が来始める頃には何とか片付けもひと段落して、夫と私は葬儀社の方との打ち合わせに入りました。義母のお葬式の時もお世話になった葬儀社さんなので、勝手がわかっているから段取りなど決めやすかったです。

さて、まず考えないといけないのは、お通夜と告別式の日程です。友引の日は葬儀社は休みですが、今回は友引の翌日に亡くなったので、その心配はなかったです。

あとはお寺の住職さんのご都合ですが、たまたま翌日はご都合が悪かったので、お通夜は義父が亡くなった翌々日となりました。参列すると思われる人の人数を決めて、お清めのお食事の量を決定します。

夫婦ともに心配性なので、「足りなくなると困る」と思って、多めにお願いしました。絶対後でたくさん余って困るんですが、仕方ないです(笑)。

告別式の日は隣組の皆さんが来てくださるので、その分だけお食事も多めになります。親戚はお通夜の時の顔ぶれを見て、告別式はだいたい何人ぐらいになるか予想してお食事の人数を決めます。

葬儀の日程が決まったら、葬儀社から県内の新聞社に連絡するというお話は前回しましたね。

ここら辺の葬儀では、会場に設置したモニターで故人の思い出の写真を何枚かスライドショーするのが一般的で、10枚ほど写真を選んでくださいと言われます。それで、夫婦でアルバムをめくって写真選びに入りました。

義父母の結婚式の写真、夫が子供の頃の写真(七五三とか家族旅行とか)、夫と私の結婚式でのひとコマ、義父と夫と私と愛犬で撮った家族写真など、10枚選んで、デジタルデータのあるものはSDカードに入れて葬儀社のスタッフさんに渡しました。

遺影写真は、数年前に年賀状に載せる写真として撮ったものの中から、義父の笑顔が素敵なものを選びました。(いろんな方からいい笑顔の写真だねとほめていただきました)

義父が亡くなった翌日は、お寺に行ってご住職といくつか打ち合わせをしました。戒名を決めるために義父の人柄や生活の様子などを聞かれました。趣味とかありましたか、と聞かれましたが、本当に趣味のない人だったので困りました(笑)。もしかして夫はずっと一緒に過して来たから気づいていないこともあるんじゃないかと思って、外からお嫁に来た私から見た義父の印象として、人懐っこいところがあって、自然にうちとけてお話しできましたと伝えました。

お布施の準備のために銀行に行ったり、来客へのお茶菓子などを買いにスーパーに行ったり、その他の雑用も、この日に済ませました。

お通夜の日、午後4時に自宅を出発してセレモニーホールに移動しました。義母の時は自宅で身体を洗って納棺後にホールへ移動しましたが、今回は自宅からは普通に搬送という形でホールに移動し、ホール内のスペースで身体を洗って納棺していただきました。

お通夜は夕方6時から。そのあと、お清めのお食事で、それが終わったら親戚は一度帰宅します。夫と私と、義父の弟、夫の叔父(義父から見ると義弟)の4人は一晩泊まりました。

義母の時は私の実父が来てくれたので、夫と私と、義父と私の実父の4人で泊まったことを思い出しました。今回、実父も何だかんだと言いながら高齢だし三重県からだと遠いので無理しないでいいよと言ったら、弔電の手配をしたと連絡がありました。

翌朝。7時過ぎに朝食の準備ができたとスタッフの方が連絡してくれたので、4人で朝食。そのあと、私は着物に着替えました。義母の時は着付けをお願いしたので1人だけ超早起きでしたが、今回は自分で着られるので、みんなで食事したあと着始めました。

喪服を着ている写真

9時頃から、いわゆる「最後のお別れ」で親戚と隣組のみんなが順番に棺に花を入れて飾って、最後に棺の蓋を閉めます。それから火葬場へ移動して、火葬です。

この辺では午前中に火葬、そのあと一旦軽く昼食を取り、午後1時から告別式、そのあと引き続いて繰り上げ初七日の法要、そして最後にお清めの食事という流れが一般的です。

実家の方では午前中に告別式、そのあと火葬、式場に戻って来て繰り上げ初七日の法要、最後にお清めの食事というパターンが普通だったので、最初は不思議な感じでした。

さて、群馬特有のお葬式の常識に、「新生活」があります。

なぜこういう名前なのかわかりませんが、概要は以下の通りです。

お通夜・告別式ともに受付が2ヶ所あって、片方が「一般」、もう一方が「新生活」です。

暗黙の了解で、だいたい3,000円以下のお包みが新生活、5,000円以上、いや、10,000円以上か?が一般というイメージです。基本的に会社関係とかご近所さんは、だいたい新生活です。

どちらの受付に並ぶかによって香典の金額がほぼ予想できるため、喪主側は一般用と新生活用の2種類の返礼品を用意しておき、参列者は並んだ方の受付で返礼品を受け取って帰るというシステムです。

ちなみに、三重県の実家の方では、来てくれた人全員に少額の「会葬御礼」だけを渡し、後で金額に見合ったお返しの品を、四十九日法要後にお送りするというのが普通です。

群馬のこの新生活のシステムは、即日返礼でお互いの手間が省けるので、慣れたらこの方がいいかもしれないと思っている私です。県内のお葬式ならお互いさまで同じようにすればいいわけなので、喪主側としてもスマートでいいのではないでしょうか。

ただ、「一般」の受付に並んで思いのほかたくさん包んでくれた人には、当日お渡しした一般用のお返しの品では不十分なこともあるので、そこは考えてお返ししないと失礼かな?と思います。そこら辺も喪主は思案のしどころですね。

告別式の中で、司会者の方が弔電を読んでくれますが、「順不同でございます」と言いつつも、実際には、市長や市議会からの弔電を先に読んでもらうなどの考慮は必要です。

あとは、生花や果物の籠などを手配してくださる方もいらっしゃって、花の並び順とかも悩みどころです。故人との関係が近い順とか、役職順とか、いろいろ考えないと失礼なので、故人の日頃の人付き合いとかよく知っておくべきところなんでしょうけれど、なかなか難しいです。

今回は10年前に義母の葬儀を経験しているので、喪主の夫も少し慣れた感じもありました。

それよりも、いろんな親戚や隣組の葬儀に何度も参列しているので、流れは身体に染みついている感じで、どうしていいか分からないとかはほとんどなかったです。

おかげさまで無事に葬儀が終わり、自宅に簡易祭壇を作ってもらって四十九日までこちらでお線香を上げつつ過すことになっております。

先週の土曜日に、無事に本来の初七日を済ませることができました(葬儀場で繰り上げ初七日のお経は上げてもらってありますが、実際の初七日には自宅に親戚が来てくれて思い出話などするのが習わしです)。

これでひとまず、区切りがついたわけですが、公共料金の名義変更や、相続の手続きなど、引き続き忙しい日々が続きます。

今は四十九日法要の案内状作成に悩んでいる私です。

お気に入りのハガキ印刷ソフト「筆まめ」のバージョンが古くて、往復はがきの印刷ができません。仕方なく、パソコンに入っていた「筆ぐるめ」を使って往復はがきの文面を作成中ですが・・・慣れていなくて使いづらい!

もう少し頑張ってみます。