お気に入りのクラシック系音楽番組で、ドビュッシーの話題が出ていました。
私は割と子供のころからクラシック音楽が好きでした。
でも、最初のころはバッハとショパンとリストが好きでした。それ以外は、そんなに聴いていませんでした。あっ、スメタナも好きでした。
結婚したら、夫がクラシック大好きで、いろんな時代や作曲家の音楽や、指揮者や演奏家にとても詳しく、本当に好きなんだな~と思うとともに、私もいろいろと影響を受けて、若いころには興味がなかった作曲家の良さに気づき始めました。
そんなわけで、今はブラームスとサン=サーンスとドビュッシーとラヴェルが好きです。
あ~ベートーヴェンとチャイコフスキーもいいですね。
もちろん、バッハやショパンやリストが嫌いになるはずもなく、好きな作曲家が増えつつある今日この頃です。
ちなみに、モーツァルトは別格です。好きに決まってる感じです。
で、去年はドビュッシーの没後100年でした。
誕生日に実父から「何が欲しい?」と聞かれ、ドビュッシーのピアノ曲集のCD4枚組を買ってもらいました。
そんなこんなで、ドビュッシーをよく聴くようになってきたのですが、「月の光」とか「亜麻色の髪の乙女」とか、「夢」とか「アラベスク1番」とか、とてもきれいで不思議な魅力のある曲ですよね。
さて。
音楽番組で出ていたドビュッシーの話です。
ドビュッシーは、「恋多き男」だったようです。それがまた結構な泥沼だったらしく・・・
1880年~1888年
学生時代、マリー=ブランシュ・ヴァニエ夫人と8年に渡り交際(不倫)しながら、ピアノを教えに行っていた家の娘さんとも恋愛関係に。
1889年~1898年
その後、ガブリエル・デュポンと同棲し、テレーゼ・ロジェと浮気して、ガブリエルが自殺未遂。
1899年
何と、ガブリエルの自殺未遂の翌年、マリ・ロザリー・テクシエと結婚。
1904年
エンマ・バルダックと交際を始め(不倫・・・ですよね)、マリ・ロザリー・テクシエが自殺未遂
1905年
マリ・ロザリー・テクシエと離婚し、エンマ・バルダックとイギリスへ。
年内にパリへ戻って来て、エンマが一人娘・シュシュを出産。
1908年
エンマ・バルダックと正式に再婚。
ようやく恋愛遍歴も落ち着き、子煩悩な父親になったようです。
あわわ・・・何だかすごい昼ドラみたいな私生活ですね。
純粋な私には信じられませんわ(笑)。
素晴らしい名曲の影に、ビックリ仰天エピソードがあったわけですが・・・
名曲は名曲です。やはりドビュッシーの曲はいいです!
彼の恐るべき恋愛遍歴は知らなかったことにして、これからも聴き続けたいと思います。
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