入院・手術体験記(その8)

乳腺腫瘍摘出手術のための入院体験記です。

前回は、手術当日のできごと、麻酔がかかるところまでを書きました。

今回は、麻酔から覚めたところ~翌朝までのできごとをお話しします。

「吉田さーん。吉田さーん!」

名前を呼ばれた気がしました。

「終わりましたよ~。」と看護師さんらしき人の声。

(・・・??)

(終わった?何が・・・??)

(何か始まってたっけ??)

「吉田さん、手術終わりましたよ。」

(ん?手術?・・・あっ、そういえば、麻酔かけますねって・・・あ!もう終わったのか!)

視界は霞がかかったように白っぽくて、身体には力が入らなくて。

ボーっとして頭が働かない状態です。

「あの・・・今、何時ですか?」

「3時半。」

これが、手術後の私の最初の会話です。

1時半に呼ばれて歩いて来て、今3時半。早いなぁ~と思いました。

ふと見ると、部屋の壁に時計が。確かに3時半です。夫と叔母の待ち時間も、思ったより短くて良かったなと思いましたね。

「あの・・・ここは・・・回復室・・・ですか?」

「そうですよ。今、バイタルデータを見させてもらってます。安定したら病室に戻りましょうね」

「あ・・・はい」

「吉田さん、脈が速くなるって言われたことないですか?」

「えーっと・・・うーん・・・」(まだ頭が働いていない)

「時々、脈が速~くなるのね。自分で動悸を感じることはありませんか?」

「あ・・・それは・・・時々・・・」

「そんなときは、どうしてますか?」

「え?・・・あぁ・・・深呼吸とか・・・」(まだボーっとしている)

「何か気になることや、つらいことはありますか?」

そう言われて気付いたのですが、身体が震えていました。どんどん震えが大きくなり、止まらなくなりました。

「身体が震えてるみたいなんですけど・・・」

「あ、ホントですね。全身麻酔をすると、体温調節機能も働きにくくなります。そのせいだと思います。今、お身体温めますね」

ということで、布団らしきものをかけてくれたりして、しばらくすると震えが止まってきました。寒気がしていたんでしょうね。

「血圧なども安定しているので、病室に戻りましょうかね。今、病棟の看護師さん呼びますね」

「あ・・・はい」(少し意識がはっきりしてきた)

回復室の看護師さんが病棟の看護師さんに連絡している声が聞こえました。

「ご家族には先生から手術のご説明をさせてもらってますからね~」との声が聞こえ、とりあえず良かったなぁと思いました。

しばらくして病棟から看護師さんが迎えに来てくれました。

ベッドごと移動。エレベーターにも、ベッドごと乗ります。一般のお見舞いの人と一緒になったりしながら、自分の病室に戻りました。

移動してきたベッドから、病室のベッドに「せーの!」で移動。

そこでまた心電図やら酸素飽和度の計測器具やら、点滴やらあれこれつながれて、あ、もちろん尿を排出する管にもつながれています。

もちろん、事前に説明のあった血栓予防のマッサージ機みたいなものも、足に装着されました。これが一定時間ごとに膨らんで足裏を圧迫するので、気持ちいいんですが、うるさいんです(笑)。一晩中、動き続けていたから、同じ病室の人たちはうるさくて寝られなかったんじゃないかしら。申し訳なかったです。

さて、一晩、ベッドの上で安静にしていなければなりません。時計を見たら4時過ぎぐらいだったでしょうか。

(うわーこれから15時間ぐらい安静にしてなきゃいけないのか・・・つらそうだ!)

夫と叔母が呼ばれて病室にやって来ました。

「お待たせしました~」と言ったら、2人とも笑顔で(*^_^*)

もしかして「お疲れさまでした」と言ってくれたかな?実はよく覚えていません。

そうそう、酸素マスクも装着されました。

微妙に大きさが合っていないのか、ゴムが緩いのか、すぐにずれてきてしまいます。

何か話すたびに、ずれました(笑)。

酸素マスクは、夜8時までと言われました。4時間ぐらい・・・。長い(笑)。

叔母が、「すごいね!明後日、退院だってよ~!」と言いました。

「うそ~!早いですね!」と私もびっくりポン。

それはいいんだけど、何か形容しがたい変な気持ちでした。めまいでもない、吐き気でもない、でも気持ち悪い。自分の身体じゃないみたいな・・・心と身体が別の場所にあるみたいな・・・これで明日の朝まで大丈夫なんだろうか?と、不安で仕方なかったです。

で、口を開けば「どうしたらいいんだろうなぁ。参ったなぁ」みたいな感じになってしまい・・・。

夫と話したいことがたくさんあるのに、言葉を発するのがしんどくて、黙っていてしまったり・・・。

本当なら「私はもう大丈夫だから、早く帰って、明日は仕事に行ってね」と言うつもりだったのに、1人になる自信がなくて、なかなか言い出せなくて、つい、酸素マスクが外されるまで夫についていてもらっちゃいました。

ちなみに、叔母には早めに帰ってもらいました。

夜8時半ごろ、ようやく酸素マスクが外されました。

それで急に少ししっかりしてきた気がして、やっと夫に「もう大丈夫そう」と言えました。そんなわけで9時頃に夫が帰宅。

長い間、付き合わせてしまったなと申し訳なく思いました。

でも、本当にありがたいと思いました。

さて、ほどなくして、消灯時刻になり、電気が消されました。

ここからが大変でした。

じっとしてなきゃいけないので、腰や背中が痛くなります。寝返りもほぼ無理なので、お尻も痛くなるから、動ける範囲で少し身体をねじってみたりして、でもそれも限界があるから、結局、ほぼ仰向けのまま。

足だけは何とか膝を立てたり足首を動かしたり、動きを加えることができましたが、そのほかはほとんど動けませんでした。

麻酔で深く眠ってしまったせいか、全然眠くなりません。

お目目パッチリで、時計とにらめっこです。

腰や背中が痛い、じっとしているのがつらい、眠れない。

結局、朝まで一睡もできませんでした。

ただ、この日の夜勤の看護師さんがとてもよくしてくださいました。

2時間おきに巡視に来てくれて、その度に私が起きているものだから、「何か取ってほしいものがあったら取りますよ」とか、「寒かったり暑かったりしたら言ってください」とか、「体位を変えたりしましょうか?」とか、「水、飲みますか?持って来ますね」とか。

「何かあったら遠慮しないでナースコールしてくださいね」とも言ってくれたのですが、一応、私のポリシーとして、痛くてどうしようもないとか、苦しくてたまらないとか、そういう時以外は、ナースコールしないで頑張ることにしました。

なので、次の巡視は午前1時ごろだから、その時にあれとこれをお願いしようと考えておいて、来てくれた時に頼むようにしていました。

そんなこんなで、傷の痛みはほとんど感じなかったですが全く寝られず、翌朝を迎えました。

次回は、手術翌日の朝からのできごとをお話しします。

スポンサーリンク

シェアしてくださる方はこちらから。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ぜひフォローお願いします。